「未知を、価値に。」通信

SKY Perfect JSAT Group

【実録】雲を学習したAIは、どう陸・海・宇宙にスケールしたのか

2050年までにカーボンニュートラルを実現する── 2020年に政府が掲げた目標によって、日本でも脱炭素社会の実現に向けた動きが加速している。目標達成のカギとなるのが、発電方法の転換、「エネルギーシフト」だ。

とくに太陽光発電は、2012年からの再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)によって普及が進み、今後の成長も有望視されている。

だが、太陽光を主力電源とするには課題もある。太陽光発電の出力は日射量に依存するため、天候の影響を受けやすく不安定なのだ。

変動による不足分は火力発電などの他電力で補うことになるが、石炭や石油、液化天然ガス(LNG)を燃焼させる火力発電は多くのCO2を排出するうえ、細やかな需給調整が難しい。

太陽光発電が広まるほど変動幅が拡大し、有効活用できない余剰電力も増えてしまうのが現状といえる。

天気や雲の変化によって発電出力が大きく変動する太陽光発電の需給調整は火力発電が担っているが、火力発電は停止から起動までに数十時間〜数日を要する。停電を避けるために余剰電力が捨てられているのが現状だ。

このジレンマを解消するソリューションの一つが、スカパーJSATが電力中央研究所と共同で開発するハイブリッド型太陽光発電出力予測システム「Solar Meilleur(そらみえーる)」だ。

このシステムでは、両社がそれぞれに開発してきた観測・解析技術を組み合わせることで、従来にはない高精度な日射量予測とそれに基づく太陽光発電量予測が可能になる。太陽光発電量に幅があったとしても、あらかじめ予測できれば、火力発電や余剰電力を最小限にできるというわけだ。

宇宙事業者であるスカパーJSATが今回提供したのは、地上から雲を観測する技術と、そのビッグデータを解析するために開発したAI。どのような経緯で太陽光発電出力予測システムに取り組むことになったのか。プロジェクトメンバーの3人に聞いた。

きっかけは海運事業者の悩み

スカパーJSATが「雲」にかかわるようになったのは、2016年のこと。同社の衛星通信サービスを利用する海運事業者からの相談がきっかけだった。

日本の法律では、一定条件を満たす船舶は海上気象観測をして気象庁に報告することが義務づけられていて、これまでの観測は人が甲板に出て目視で行っていた。その観測と報告の作業を「AIを使って自動化できないか」と相談を受けたのだ。

技術開発リーダーを務めた小渕浩希氏は次のように振り返る。

1989年入社。衛星通信システムの設計・開発や、CS放送スカパー!の番組検索システム、アプリ開発に従事。2016年から衛星通信とAI/IoTによる海上気象観測自動化システムの開発プロジェクトに参加、同プロジェクトから派生した太陽光発電出力予測プロジェクト「Solar Meilleur(そらみえーる)」のリーダーを務める。

「船上から気象庁に観測結果を報告するには、私たちが従来から提供していた衛星通信サービスを使えます。しかし、その気象観測が非常に高度で、気象庁が定める『船舶気象観測指針』に則って雲の形状や状態を区別しなければならない。
雲形はWMO(世界気象機関)によって10種類に分類され、その状態も明確に定義されていますが、実際の雲の形や状態はあいまいで境界がありません。気象観測の専門家でも判断に迷うことが多いそうです。
その識別を自動化するには、画像解析のプログラムより前に、空の状態を観測するためのデバイスから開発しなければなりませんでした」(小渕氏)

雲の形状はWMOが定義しているので、要件は明確だ。境界があいまいなものの判断は、AIが得意とするところでもある。

しかし、実際に開発するのは簡単ではなかった。AIに学習させるための教師データが大量に必要で、しかも一枚一枚の画像は正確に雲形を分類し、ラベル付けされていなければならない。

システム全体の開発を担当した花田行弥氏がまず考えたのは、風雨の影響を受けやすい海上で、AIが解析しやすい画像を撮影するカメラを、誰がどうやって作るのか。

2012年入社。首都大学東京大学院(現・東京都立大学大学院)では航空宇宙工学を研究し、衛星設計コンテストで受賞経験あり。スカパーJSAT入社後は放送技術者としてスカパー!用受信機やホームネットワークを利用した録画再生機能の開発に従事。宇宙技術本部へ異動後は、通信技術者としてさまざまな新規事業検討へ携わり、「海上気象観測自動化」のシステム開発、「Solar Meilleur(そらみえーる)」プロジェクトの立ち上げに開発主担当として参画。

「既存事業とは異なる新領域に挑戦するわけですから、既製品ではまかなえない。ゼロからのスタートでした。どのメーカーなら求めるカメラを製造してもらえるのか。社員のツテをたどり、方々の力を借りて探しました。
デバイス開発という点では、衛星放送のスカパー!用のチューナーの開発など、他社と協力してモノづくりを行う知見は社内にありました。でも、今回のカメラでは、それこそ町工場まで探し回った挙げ句、関西にあるAI/IoTが得意な開発会社に協力してもらうことになりました。
やはりハードウェアは実際にモノを作って初めてわかることも多く、何度も試作を重ねながら実用に耐えるよう改良していったんです」(花田氏)

たとえばカメラの筐体は、最初は樹脂製だったが、雨風や海水にさらされる船上だと耐久性に不安があり、ステンレス製に切り替えた。

上:船上に設置された海上気象観測用IoTデバイスのプロトタイプ/下:太陽光発電出力予測システム用に設計中のデバイス「そらたまご」

水滴や汚れがつきにくく、メンテナンスしやすいようレンズやフードのサイズを調整し、表面のコーティングを変えた。球体レンズの内側に使う部品を黒くすると、陽光の反射や映り込みを軽減できることも、プロトタイプで撮影したからわかったことだ。

産・官・学が教師となり、AIを育てる

ソフトウェア開発も困難の連続だった。事前にマーケット調査をしたところ、国内外にはいくつか気象観測AI開発の先行事例があった。しかし、いずれも本格的な実用には至っていない。「予算などのさまざまな都合から、実証実験の結果と今後の課題をまとめた論文だけで終わってしまったケースが多かった」と花田氏は言う。

「観測データを解析するには、ただ雲の写真がたくさんあればいいのではありません。AIが学習するための分類が必要で、珍しい雲や地域ごとの特徴も含めてAIを実用化レベルまで教育するには相当の時間と労力が必要になります。
私たちの場合は、海運事業者の実業でのニーズが先にあり、スカパーJSAT、商船三井、古野電気による共同プロジェクトとして、国土交通省の先進船舶技術研究開発支援事業にも採択されたおかげで、2016年からの5年間、集中して開発に取り組むことができました」(花田氏)

スカパーJSATが国土交通省の先進船舶技術研究開発支援事業として、商船三井、古野電気と共同研究開発を行ったシステムの概要。海上気象データを衛星経由で自動収集し、作業の効率化だけでなく、安全航行、燃費向上に活用できるデータを蓄積する。

気象観測自体は、これまでも国や研究機関が専門家を使って行ってきたことだ。長年にわたる知見の蓄積がある。足りなかったのは、それを実業として、テクノロジーやデータと掛け合わせて使えるようにすること。このような事業開発においては、産・官・学の連携が不可欠だった。

「いくら気象庁のマニュアルがあるといっても、専門知識がないと雲形の識別はできません。その区別をAIに学習させるには、正確で質の高い教師データが大量に必要です。
そこで私たちは、神戸大学大学院の力を借りて、当社だけでは難しい教師データの作成に産学連携で取り組みました。海上気象を研究している海事科学研究科の研究室の協力を得て、学生たちの人海戦術で、全天画像1枚1枚に雲の形、状態、量をラベル付けしてもらいました。
そのデータをシステム情報学研究科の研究室にお渡しして、AIの機械学習を進めました。識別精度を向上させながら、私たちが業界標準を作るつもりでアルゴリズムの最適化に取り組みました」(小渕氏)

こうして完成したのが、雲形を識別するAI「KMOMY(くもみ)」。船舶会社の要望を受けてスタートした技術開発は、その後、大きくスケールする。

KMOMYの技術は、撮影した雲を識別するスマホアプリ「くもろぐ」として一般にも無料で開放されている https://kumolog.jp

雲の識別は再生可能エネルギー普及のカギ

既存ビジネスの顧客からの要望をきっかけに生まれたスカパーJSATのAI技術は、その成功によって次のチャンスを引き寄せることになる。

海上気象観測の自動観測・送信システムを世に発表したことで、それを見た電力関係者から太陽光発電の出力予測にも使えないかとの話が舞い込んだのだ。

「KMOMYで培ったのは、晴れか雨かを予測する天気予報のための気象観測とは異なり、雲の形状や状態に特化した観測技術。どのような雲がどんな状態であるのかを識別できることがポイントです。
この技術は、太陽光発電の出力予測と相性がよかった。太陽光発電に重要なのは、雲があるかないかではなく、その雲がどれだけ日差しを遮るのか。『日射量の予測』だったからです」(小渕氏)

こうして、電力中央研究所と共同で「ハイブリッド型太陽光発電出力予測システム」開発プロジェクトが始まり、KMOMYの技術やノウハウは、太陽光発電量予測に特化したAIへと進化する。

電力中央研究所が持つ気象衛星ひまわりの観測データを使った日射量予測・解析システム「SoRaFAS」と、スカパーJSATの全天画像データ解析による日射量予測AIとのハイブリッドで数分〜1時間先の予測精度を向上させる。

「電力中央研究所は、その設立に電力会社がかかわっていることもあり、出力予測に長く取り組んできました。独自開発の『SoRaFAS(ソラファス)』では、気象庁の衛星ひまわり8号から取得した広域画像を解析しています。
一方、スカパーJSATの全天画像データ解析による日射量予測AIは、気象衛星では捉えきれない細かい雲の状態を観測できる。宇宙からの広範な観測と、地上からの詳細な識別。両システムのデータを掛け合わせることで、これまでにない高い精度での発電出力予測が可能になると期待されています」(小渕氏)

これが実現すると、冒頭で触れたように余剰電力の廃棄や需給調整のための火力発電を大幅に減らし、再生可能エネルギーを最大限に使い切ることができる。CO2排出量削減や環境への配慮が問われる国際社会の動きを踏まえると、「Solar Meilleur(そらみえーる)」のユーザーは電力会社に限らず、大小さまざまなビジネスプレーヤーを通じて、社会に実装される可能性を秘めている。

「たとえば、太陽光発電の事業者には、どれだけの発電出力があるかの予測と報告が求められます。太陽光パネルを設置する際は、発電量を可視化して蓄電や送電などの最適化を行うエネルギー管理システム(EMS)がセットになりますから、そういった設備に『Solar Meilleur(そらみえーる)』を組み込む需要は大きいのではないでしょうか」(花田氏)

直感的なUIが、AIを社会に広める

電力会社とのBtoB事業や専門家だけが使うシステムであれば、太陽光発電出力の数値を並べるグラフだけで事足りる。しかし、これから社会的なエネルギーシフトが進むにつれて、より小規模な発電事業者や個人宅での太陽光発電が増えていく。そうなると、UIやデザインにもこれまでとは違った工夫が求められるようになるだろう。

前出の一般向けアプリ「くもろぐ」を手がけたUI/デバイス開発担当の根本和哉氏は、見せ方の重要性と工夫を次のように説明する。

2018年の入社後、衛星量子鍵配送の技術検討、web映像配信システムの開発・運用、衛星アンテナ搭載災害対策車の共同製作プロジェクトなどに携わる。「海上気象観測自動化のシステム開発」「Solar Meilleur(そらみえーる)」ではおもにデータ集約と見える化、UIデザインを担当。

「電力業界の専門家であればSolar Meilleurから得られる発電量の実測・予測の数字があるだけで、推移や変化を把握できます。でも、太陽光発電が普及すると、BtoCに近づいていきます。
どうすれば一般の方にも、画面を一目見て、直感的にわかりやすく伝えられるか。雲の動きと発電量がどう相関しているのかをイメージしてもらうために、システムの概念を説明する動画も作りました」(根本氏)

「設置される観測デバイスも、人目につかない宇宙空間や船上に設置されるものと、街中のビルや住宅に設置されるものでは求められるデザインが異なりますよね。
スカパーJSATの既存事業でいうと個人宅に設置される衛星放送の受信機のような、生活空間の景観への配慮が求められる。そういった工夫も、技術やシステムを世の中に広めていくためのポイントです」(根本氏)

地上の事業開発が宇宙とつながっていた

「雲の識別」が「日射量の予測」に展開されたように、「Solar Meilleur(そらみえーる)」の技術も農業や紫外線対策、災害予測など、他の領域に展開されるポテンシャルがある。そして、スカパーJSATの本業である宇宙事業──人工衛星の打ち上げや、衛星との通信でも、雲の動きを予測する技術は大いに活用できそうだ。

「我々がいま取り組んでいるのは、既存の宇宙インフラ事業から地上におけるアプリケーション開発へとビジネス領域を広げること。今回のプロジェクトでは、衛星との通信や観測技術といった目に見える既存アセットは使っていません。
新事業創出の起点は、海運業にしても電力会社にしても、当社の既存事業である衛星通信インフラを使っていただいているお客さまだったということです。新しいプロダクトやサービスを生み出すときには、顧客のニーズに向き合って、できることを広げていくしかありません。
たとえ当社のアセットになくても、お客さまにとって必要なソリューションであれば提供できるようにしていくことが重要だと考えています」(小渕氏)

「未知を、価値に。」

スカパーJSATのモットーは、新規事業領域への挑戦を強く推奨している。一般企業と逆さまなのは、宇宙事業会社である同社にとって、本業から遠く離れることが宇宙ではなく地上に目を向けることになる、という点だろうか。

もっとも、プロジェクトチームの3人は、宇宙事業から離れたつもりが、巡り巡って再び本業へと近づきつつあるのではないかと感じている。

「実は今、衛星通信の先端分野では、地上と衛星との通信に電波ではなく光を使う『光通信』がキーワードになっています。その光通信で障害になるのが、光を遮断する『雲』なんです。衛星との光通信が実用化されれば、多くの技術革新が起こるでしょう。その通信を安定的なものにするために、当社以外にもさまざまな事業者が研究を始めています」(根本氏)

「KMOMYを開発し始めたときは想像もしていませんでしたが、もしかすると、まったく異なる領域での成果が、宇宙インフラの課題を解決するかもしれない。いつの間にか、我々が地上でやっていたことが、本業である宇宙ビジネスにつながり始めている気がするんです」(花田氏)

海運業や再生可能エネルギー事業者の課題を解決する雲の観測・予測AIは、スカパーJSATの本業である衛星通信の領域でブレイクスルーを起こすかもしれない。これは、データビジネスを開発するインテリジェンス事業と、宇宙インフラ事業の理想的なシナジーに見えるが……。

「最初から狙ってやれたならかっこいいんですけど、本当にがむしゃらにやっていたら、たまたま宇宙事業に近づいたんです。でも、新しい事業の創出って、そういうものなんじゃないでしょうか」(小渕氏)

制作:NewsPicks Brand Design
執筆:仲里 淳
撮影:後藤 渉
デザイン:月森恭助
編集:宇野浩志

※このコンテンツは、スカパーJSATのスポンサードによってNewsPicks Brand Designが制作し、NewsPicks上で公開した記事を転載しています。
https://newspicks.com/news/6266050/

©NewsPicks 本コンテンツの無断転載を禁じます。

(2021年12月24日時点)