2023年度 有識者ダイアログ(環境)
環境課題のリスクと機会の対応について経営層がストーリーを語ることが重要
2023.5.31
対談者紹介
吉高まり 氏
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社フェロー(サステナビリティ) / 東京大学教養学部 客員教授
詳細プロフィールはページ下をご参照下さい。
松谷浩一
取締役
サステナビリティ委員会委員長
茂成奈央
スカパーJSAT株式会社 宇宙事業部門
経営企画部長
- ※役職は2023年5月時点
事業ビジョンや戦略との整合性からマテリアリティの見直しを実施
スカパーJSATグループでサステナビリティ委員会を発足したのが2020年9月、サステナビリティ推進部が2022年に設置され、サステナビリティの組織の位置づけに対し非常に迅速だと感じています。
ありがとうございます。スカパーJSATグループでは、重要課題テーマ(マテリアリティ)に「脱炭素社会と循環型経済の実現に向けた環境への寄与」を掲げ、2030年までにスカパーJSATグループの再生可能エネルギー使用比率100%を目指しています。2022年度は電力使用量が多いスカパー東京メディアセンターを実質再生可能エネルギーの利用に切り替えたことで、グループ全体の実質再エネ使用比率は93%まで高まりました。2030年までにScope1と2、2050年までにサプライチェーン全体を含むScope3のカーボンニュートラルを実現する目標も新たに設定しました。
環境対応がこれだけのスピード感を持って進んだ源泉はどこにあるのでしょうか。
スカパーJSATグループを含めて若い世代はSDGsやESGに対する意識が高く、若手社員が発信してきっかけを作り、それを経営側が吸い上げて社会からの要請にも応える形で組織として取り組みを加速してきた背景があります。
多くの企業は経営会議からトップダウンでESGに取り組むことが多く、社員から経営側に提案しても動かないことが大半です。私自身が気候変動対策のファイナンスに20年近く関わってきた中で、サステナビリティの取り組みには時間がかかると感じていますが、御社の場合は若い社員がESGの意識を高く持って取り組んでいるのが非常に特徴的です。
前回のマテリアリティ特定でしっかりと手順を踏まれたことも覚えています。今回一部見直されたようですが、どのようなプロセスを取られたのでしょうか。
特定後に策定された事業ビジョンや戦略との整合性や、外部からの要請を意識して課題の見直しを行ないました。従来のマテリアリティに「NTN(非地上ネットワーク)事業の開発・推進」と「人権の尊重」を新たに加えて23件を特定しています。23件は多いと感じますが、将来を見据えて現実にできることに取り組む考えです。
マテリアリティの多寡は業種や業界によっても変わります。例えば、脱炭素に関しては一過的なマテリアリティでは十分でありません。マテリアリティは一度決めたからといって、状況に合わせて都度見直さなければいけないので、23件が必ずしも多いと思う必要はありません。
想定外のことが起きる現在の状況下では、マテリアリティは毎年見直してもよいくらいです。事業活動を推進する中で何が自社にとって重要課題かをストーリーとして語り、将来のあるべき姿と日々積み上げていく経営戦略とのギャップをどう埋めるかが経営層の役目です。マテリアリティを見直した背景や経緯を丁寧に説明していくことが重要です。
マテリアリティに限らず、投資家や自治体、それから従業員など自社のステークホルダーに対し、自社の取り組み含め説明できるかが大事です。パートナー企業との関係を良好に保つことにもつながります。
太陽光発電の衛星通信はグリーンなサービス
地上拠点も実質再エネ比率が93%まで上昇
衛星通信といえば元々衛星が太陽光発電を利用していることに加え、当社地上基地局も実質再エネ化していることで、衛星通信はグリーンなエネルギーを使ったサービスであると言えます。特に、環境への注目度が高い航空業界やアンモニア燃料に取り組まれている船舶業界などからは、こうした特性に価値を感じていただきやすいと考えています。
長期的な視点で投資をするESG投資家を意識して、そのような情報は統合報告書にもどんどん掲載した方がよいでしょう。再エネ比率が前年の30%から93%まで上昇したのも特筆すべきことです。
実際には非化石証書を購入してScope2を削減しました。宇宙空間にある放送衛星や通信衛星は基本的に太陽光発電で電力を賄っており、衛星をコントロールする地上基地局を実質再エネ化することで大幅に再エネ比率が上がります。あとは切り替える上でのコストの判断だけです。
CO2排出削減に向けてどのような投資をし、コストをかけるかは経営判断です。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の情報開示が求められる理由の一つは、企業にとってどのような財務的インパクトがあるか判断するためです。経済産業省が主導しているGXリーグでは、CO2排出削減と産業競争力の向上に向けて炭素税が議論されています。将来の炭素税の影響を比較しながら非化石証書などの利用も視野に入れ財務面のシミュレーションをすることをお勧めします。
一方で気候変動対策をビジネスチャンスとして捉えることも重要です。気候変動への適応策はどのように考えていますか。
マテリアリティの「環境や社会に寄与するイノベーションの推進」に関連して、リモートセンシングを活用したLIANA事業を推進しており、衛星で斜面やインフラの変動をモニタリングするほか、全国河川や環境省指定の国立公園において、植生変遷や外来種の影響を含む環境情報を、衛星データを用いて解析しています。こうした取り組みは発信できそうです。
これは自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に関連する取り組みでもありますね。気候変動と生物多様性の課題は表裏一体です。機会とリスクのバランスを取りながら経営層がストーリーを語れるようにすることが重要です。
プロフィール
吉高まり 氏
明治大学法学部卒業後、IT企業、米国投資銀行等に勤務。米国ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院(現)科学修士、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士(学術)。国内外で環境金融コンサルティング業務に長年従事し、現在はサステナブル経営やファイナンスについて多様なセクターに対しアドバイス等を提供。三菱UFJ銀行、三菱UFJモルガン・スタンレー証券兼務。環境省中央環境審議会地球環境部会、金融庁「サステナブルファイナンス有識者会議」、農林水産省「食料・農業・農村政策審議会」等の各種審議会等委員に従事。