2023年度 有識者ダイアログ(人的資本)
新たに導入した人事制度などで、社員一人ひとりの力を最大化する
2023.5.30
対談者紹介
福原正大 氏
Institution for a Global Society株式会社 代表取締役社長 / 一橋大学大学院特任教授 / 人的資本理論の実証化研究会 共同座長
詳細プロフィールはページ下をご参照下さい。
松谷浩一
取締役
サステナビリティ委員会委員長
明石静
スカパーJSAT株式会社 メディア事業部門
メディア事業本部長
- ※役職は2023年5月時点
人財戦略は、人的資本投資とエンゲージメント強化の2つの側面から
スカパーJSATグループでは、経営戦略の4つの方向性の一つに「人的資本強化」を掲げていますが、人財戦略についてどのように議論していますか。
人的資本について現在の状況を洗い出し、人事部や部門が連携し、グループが目指す姿の実現に向けてどのようなアプローチで取り組むべきか議論を進めてきました。
“変革の原動力となる人と組織の活性化”を人財戦略として掲げ、人的資本投資とエンゲージメント強化の2つの側面から戦略実現に向けて取り組んでいます。
2023年4月には、人事制度を大幅に改訂して人的資本投資への取り組みを本格化しました。人財戦略と新たな人事制度が目指す姿との整合性を取るため、マテリアリティやKPIも見直しています。
経営戦略の4つの方向性の一つに「人的資本強化」を掲げ、人的資本経営に取り組んでいるのは先駆的です。事業環境や社会の要請など外部環境が変わる中で、会社にとって必要な人材を採用して育成し、社員を再配置していく改革に取り組み、マテリアリティを達成する人財戦略を推進しているのは素晴らしいと感じます。
この新人事制度を設計する上で、特に意識したことはありますか。
スカパーJSATグループはこれまで職能給が中心で年功序列型の傾向となりがちな人事制度でしたが、職能と役割を分離することで機動的な人財登用を促進する制度にしました。社内評価だけではなく外部のアセスメントを取り入れ、その社員が持つ能力や不足するスキルを外部の視点から明確にして補う仕組みにしたいと考えています。仕事に必要なスキルと、個人のコンピテンシーをマッチングし、業務の難易度や会社への貢献度合いで指標化できるのが理想です。
人財育成の観点から社員のコンピテンシーやスキル、やる気を基に人的資本に投資していくには、会社がその社員に期待することを明確にしていくことが必要です。まだ新人事制度を導入したばかりなので、こうした点については引き続き試行錯誤していきます。
御社グループに限らず人事制度を改革して社員の役割を設定して、コンピテンシーを高めていくことに本格的に取り組めている企業はまだ少ない状況です。
イノベーションを引き起こす秘訣は、弱みを見せられる組織
「人的投資」の言葉の通り、あくまで「投資」なので、当然リスクも覚悟する必要があるのでしょうか。
イノベーションを起こしていけるスタープレーヤーを作っていくには、これまでの制度や文化を引きずったままでは難しいでしょう。そこにはリスクを背負うことも重要です。一般に人事制度や企業文化の改革には3年から5年はかかりますが、こうした時間的な制約を乗り越えるため、人的投資の観点からあえて尖った人材を選抜して抜擢人事を行うのも方法の一つです。失敗しても挽回でき、成果を認めてくれて、強さだけでなく弱さをも開示できる組織であることが、活性化できてイノベーションを引き起こす秘訣です。
私は当社が弱さを見せられる組織であると感じています。失敗するなら思いきりやって、次の人にできなかったからお願いと、バトンを渡せばいい。失敗しても挽回する何かをやればそれを認めてくれます。
社員の皆さんにとっても大きいですね。ハーバード大学キーガン教授の研究でも弱みを見せられる組織が一番イノベーションを起こせるとも言われています。
スカパーJSATグループには社員のコンピテンシーやスキルをきちんと可視化できていない課題があります。どのような人財がいるかデータベース化して育成方法まで検討する必要があると認識しています。人事部で社員のスキルマップをつくることも着手していますが、どれくらい精緻なデータを収集するかがポイントだと考えています。
個人の持つスキルの内容をタグとして管理する方法がお勧めです。ほかにもChatGPTのような生成AIを活用して、仕事の内容をジョブ・ディスクリプションに落とし込んでいくことも可能でしょう。
導入できることについては積極的に取り込んでいきます。
マテリアリティの見直しで「人権の尊重」を新たに追加
マテリアリティを見直すにあたり「人権の尊重」を新たに加え、2023年度の重点活動として「人権の尊重の推進」を設定しましたが、この意図を教えてください。
「人権の尊重」について、企業経営におけるサステナビリティにどのように落とし込んでいくかの議論をまさしく進めています。一方、事業の柱の一つであるメディア事業を中心に、すでに取り組みはじめています。たとえば、番組などのコンテンツに関して、人権に配慮した基準を設けています。
人権についてはステークホルダーを意識することがより重要になります。放送メディアとして大きな影響力を持つ御社だからこそ、番組を見る視聴者の意識も大きく変わる中で、ステークホルダーを意識して番組構成までしっかり目配せする必要があります。
人権に関して社員が当たり前のこととして意識するようにして、社内と社外の認識に食い違いが出ないようにしていきます。
プロフィール
福原正大 氏
慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現:三菱UFJ銀行)入行。フランスのビジネススクールINSEAD(欧州経営大学院)でMBA、グランゼコールHEC(パリ)で国際金融の修士号を最優秀賞で取得。筑波大学で博士号取得。2000年世界最大の資産運用会社バークレイズ・グローバル・インベスターズ入社。35歳で最年少マネージングダイレクター、日本法人取締役に就任。2010年に「人を幸せにする評価で、幸せをつくる人を、つくる」ことをビジョンにInstitution
for a Global
Society(IGS)株式会社を設立。
主な著書に『AI×ビッグデータが「人事」を変える』(朝日新聞出版社)、『日本企業のポテンシャルを解き放つ――DX×3P経営』(英治出版、2022年1月11日刊行)など多数。慶應義塾大学経済学部特任教授、東京理科大学客員教授、一橋大学大学院特任教授を兼任。米日財団Scott
M. Johnson Fellow、Ethereum Foundation Next Billion Fellow。